職業野球を追いかけて

引退・戦力外・自由契約になったプロ野球選手を紹介したり、トレードやドラフトなどの各種データを掲載するブログです。

強烈なアッパースイング-坂田遼

坂田 遼 さかた・りょう

1986年10月2日生まれ 神奈川県出身

身長178cm 体重90kg 右投げ左打ち

横浜創学館高-函館大学-埼玉西武ライオンズ(2009〜2018)

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パワーが持ち味の外野手。

高校時代は高橋徹と同期。2学年下に、のちに西武で同僚となる秋山翔吾がいた。

卒業後は函館大学へと進学。全国的に有名な大学ではなかったが、2009年のドラフトで西武から4位指名を受けて入団した。

 

1年目は一軍出場こそ5試合に留まったが、二軍では77試合で打率.342、9本塁打、35打点と猛アピール。

すると2年目の2010には39試合、91打数で8本塁打を記録。打率こそ.209だったものの、7月には2打席連続となる本塁打を放つなど、若手の長距離砲としての期待が高まった。

 

強烈なアッパースイングを見せる打者で、芯でとらえた際の飛距離は圧巻。あとは確実性さえ高まれば、レギュラー当確と言ってよかった。

 

しかし翌年は、この年から導入された統一球の影響もあったか、打率.233、2本塁打と成績を落としてしまった。二軍では39試合で打率.373、4本塁打と力を見せつけたが、一歩後退。

さらに2012年は16試合の出場に留まり、二軍でも61試合で打率.274、4本塁打の成績に終わった。

 

巻き返したい2013年は、統一球の反発係数が変わった関係もあったか、春先から安打を量産。3割を超える打率を残し、4月後半からはレフトやライトでスタメン起用されるようになった。しかし、交流戦が行われた5月に左肩を脱臼し、登録抹消。好調の時期が続いていただけに、この故障離脱はあまりにも残念だった。

8月下旬から一軍復帰したものの成績は落ち込み、最終的には打率.289、6本塁打という結果に。やはり怪我が痛かったかと思わされた。

 

さらに2014年は開幕前に再び左肩を脱臼。これが重症だったようで、一軍出場は0に留まり、二軍でも7試合の出場に終わった。

2015年も二軍では57試合で打率.283、4本塁打と活躍を見せたが、一軍ではわずか15試合の出場。

 

徐々に立場が危うくなってきたが、2016年はひさびさに一軍での出番が増えた。ただ、オープン戦から好調で、打率.400を記録して首位打者に輝いたことを考えると、シーズンでの打率.245、3本塁打は物足りなさを覚えたのも事実。

二軍では打率.387、15本塁打と圧倒的な成績を残したが、二軍の帝王と化した感もあった。

 

さらに出番を増やしたい2017年だったが、一軍昇格のチャンスが無いという悔しい状態に追い込まれた。二軍では打率.339、3本塁打を記録したものの、ようやく一軍での出番が周ってきたのが8月下旬。ここから11試合で打率.438、2本塁打とアピールしただけに、もったいなかった。

 

翌2018年に二軍で86試合に出場して打率.275、2本塁打に終わると、一軍出場の機会がなく戦力外通告を受けた。

 

好調の時期に怪我をしたり、一軍出場の機会がなかったりと悔しい想いをしたが、後者に関しては若手を使いたいという監督の考えがあったか。

戦力外通告後は、引退を表明した。一時期は「左のおかわりくん」と呼ばれるなど期待度は高かっただけに、活躍の時期が短かったことは残念。